「死神の浮力」伊坂幸太郎 読了@読書の秋

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この記事の所要時間: 127

読書の秋だから、

ということでもなく、久々に本屋さんの文庫コーナーに行ったら、「死神の浮力」が文庫本化されていたので、迷わず購入。
いつも通りの一気読みで、次の日、眠いみたいな。これが秋の夜長。
前の「死神の精度」も面白かったので(伊坂作品なら何でも面白いと言っているけど)、今回も期待通り。

「死神の精度」を読んだ時と感覚がちょっと違うのは、子供ができたのと、同年代で亡くなった人がいたりと、ちょっと状況が変わったからなんだろうなーと考えつつ、また、「死神の精度」を読み返してみようと思ったり(既に手元にないんだけれども)。

娘を殺された作家夫婦が、

無罪になった犯人を死神の千葉と一緒に追いかける、みたいな話なんだけれども、

自分だったらどうするか?

と、犯人を追う作家(父親)の気持ちを俯瞰で見る自分がいたわけで。
そうは思わないだろうなぁーとか、そこはそう思っちゃうよなぁーとか。
読み進めるうちに、そんな気持ちがどんどん氷解して、いつのまにか物語にのめり込んでいくという、まんまと伊坂ワールドにハマっちゃう結果でしたけどね。

なんとなく、引っかかったのが、死神、香川の

「違うよ。ただ、死んだ人のことを結構、みんな覚えてるでしょ、人間って。だから、そういう形で残ってるのかと思ったわけ」

という台詞。

覚えてるよなぁー、嬉しいも悲しいも。
すぐに浮かんだのが、JAGATARAの「みちくさ」という歌詞の、

時は流れ人はまた去る 思い出だけを残して

という一節。

なんとなくセンチメンタルになるのは、秋だからでしょうか。
いや、ただの寝不足でしょうね。